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cafe dé nanntoka

1に酒、2に音楽、3にアニメ、3、4がなくてあと余談

透析患者殺せ発言とかちょっと思いだし

ちょっと更新まで時間が空いてしまいました。

いろいろと世の中のことやら煩悩やら、思考整理やら、と書きとめていたのに使っていたつもりでした。結構社会に関することとか、思い付きで世間話の流れで話していると、自分のしゃべっていることの矛盾点とかしゃべっている途中で気づいたりしますよね。というわけでこういう感じでブログに書き留めているとなんとなく、整理できたりする。

しばらく更新してなかったときにいろいろあったけど、実生活において結構話題にのぼったのが長谷川豊アナウンサーの透析患者を殺せとブログに書いたら炎上して、番組おろされまくった話が。

未来を憂いての発言かもしれないけど、これは全く正当性がないのは燃えまくった様子を見ればわかることかと。透析によって保険運営が危ないというのも伝聞によって書かれていることだったし。

氏への追及は多くの方が理詰めでしてらっしゃるようなので、それはおいておいて、自分が実生活で話をしていて世間話にこの話題が上る際に

「でも、このままじゃ保険制度も危ないかもしれないし…」

と、一定の理解を示す人がいるという。いや、でも立憲主義の日本の憲法にも基本的人権の尊重というのがあって、その中の生存権があるよ?国家が大きくそのあり方にかかわる健康保険という制度の中では患者が透析治療をあきらめざるを得なくなるようになる判断を国が下すというのは難しくないかと。憲法というものは国の在り方を律するものであり、日本が日本であるための決まりといってもいい。本当にその予算がないとなったら、基本的人権を優先させほかのところからなんとしてでも金をひっぱってこなきゃいけない。

自堕落な透析患者は殺せと件のエントリには書かれていたが、そもそもどこからどこまでが自堕落なのか判断できない。違法行為によって病気になったわけでなし。もちろん、日本の保険制度には喧嘩ふっかけて負傷したら全額自己負担になったりするとか、自業自得な場合の治療費は自分で払わなきゃいけないときもある。

と、丁寧に説明しても

「そんなことできるわけない」

と反応される。実際のところ透析治療をやめさせる(負担させろという主張だったが、実質やめさせるということに等しい)のも、日本の今の仕組みとしては難しいのである。

 

そこで、とくに枷となることもなくこの状況を打開する方法として、最もオーソドックスなのが、ズバリ予防医療。みんなで健康に気を付けましょうという至極ふつうに聞こえるかもしれないけどすごく効果のある手段。

と、説明してもまあ自分的にもそう簡単にはいかないかとも思うけど、今透析治療してるひとを切り捨てるよりは実効性はある。

そういっても日本の保険制度を憂うマンたちは

「夢物語だ」という返答をするけど、できないことをやれというよりは現実的なんだけど。

 

と、このような会話を通じて思ったことを書きたかったんだけれども、こういった人たちはこの閉塞感を脱するのは誰かを切り捨てることでしかできないという思考になっているのを感じた。

こうなったターニングポイントはいつかなと思うと、痛みを伴う改革ってやつかなーとか。

みんなで予防医療に取り組むのが一番いいはずなんだけど、まずだれかが切り捨てられなきゃみたいな思考に陥るの、あ、ゲーム理論というやつに近いなと思い出す。

このての社会問題は本当にゲーム理論に行き着いてしまいなかなか結局そうなんだよね、うまくいかないよねって結んじゃうところあるので、もう一歩進んで考えてみたい次第。