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cafe dé nanntoka

1に酒、2に音楽、3にアニメ、3、4がなくてあと余談

舛添さんがダメで、石原さんが大丈夫だった理由(大丈夫じゃなかった)

社会

舛添より酷かった石原慎太郎都知事時代の贅沢三昧、登庁も週3日! それでも石原が批判されなかった理由|LITERA/リテラ

はい、舛添東京都知事辞任の表明をしたね。この記事において、石原前都知事の外遊での浪費っぷりとそれを批判してもあとから他のメディアが続かなかった理由をメディアの懐柔と権力とのつながりといった点で解析していたけど実際のところどうだろうか。

 

石原前都知事めっちゃ批判されてたでしょ

そう、石原さんめっちゃ批判されてましたね。お家芸の失言で。もう結構前なので記憶がおぼろげな方は”石原都知事 失言”などでググってみましょう。

正直いってすごかった。連日このお方のちょっと妄言なのでは…と心配してしまうようなことを言ってるのをテレビやネットで見かけた。

 

つまるところ、外遊の浪費なんかよりもこんな刺激的なことを言ってるのをバンバン取り上げたほうがマスメディアにとっては見てる側を楽しませることができるのだ。

 

対して舛添知事は

対して舛添さんは、この本人のおっしゃるところの「不当ではないが不適切かと思われても仕方がない支出」について、セコい。という声があがっていた。

そう、この舛添さんを取り上げるにあたっては、「セコい」というところにフォーカスすることによってエンターテイメントにしているわけだ。

 

石原前都知事と違って舛添知事がやめざるをえなくなってしまった理由

石原都知事がマスメディアに提供していたエンターテイメントは失言であり、本人の思想といったものが反映されている。また、問題発言の類には条例などで明確な処罰になるようなものはない。

対して舛添知事がマスメディアに提供したエンターテイメントは、セコいという公金の使い方で、条例や規則、法律などに抵触してしまうかもしれないものがメインコンテンツなのだ。

またやっかいなことに、石原さんの過激発言は結構同調してる人もいたようで、賛否両論という図に見えてしまい、メディアによる糾弾というよりは石原ショーの中継といったようなものになってしまった。舛添さんの問題はどこまでいっても同調したり共感は呼ばないところが分が悪かった。

 

メディアが時間を割いてるような報道って結局は

で、石原都知事の金の使い方についてあまり叩かれなかったのは、権力とべったりだったりメディアの懐柔ってのはちょっと深読みしすぎなのではという考えではあるが、舛添知事の追及に関してはやや過熱気味になってるのではと感じる。他に問題にすべきことはある。

東京に関してでいえば、電通が絡んだ五輪誘致贈賄疑惑とか、本当ならば一企業の利益誘導のために莫大な国家予算を使うことになるのではという問題だ。しかも、なんやかんやで当初の金のかからない五輪というコンセプトは吹っ飛んで。

そして、パナマ文書を発端とした租税回避地問題だ。

これらは、日本の足りないとされている社会保障費などの部分にもかかわってくるような大問題ではあるが、やはりエンターテイメント性がマスメディアが取り上げるとしては低いんだろうなという。

メディアで派手に取り扱うトピックは結局のところウケそうだからということが大きい。今現在のニュースなどを見るうえでのリテラシーとして、派手に扱ってるトピックは必ずしも重要だからではないということを認識していくのが必要なんではないかな。