ハルヒってすごかったよねって話。
アニメ化十周年ということもあり思い出したけど、涼宮ハルヒの憂鬱、すごかったよね。アニメ。というか、現象として。
涼宮ハルヒの消失がもんのすごく待ってしまったということと、アニメやメディアミックスが売れすぎて原作者が筆が進まなくなってしまったのかなと想像をしてしまうこともあるけど。
日本もアニメを作り始めてすでに半世紀以上の時が経過しているし、鉄腕アトムからは53年が経過している。そういった中で、日本のアニメ史において重要な作品は何だったのか?というものを挙げているフォーラムや掲示板、ブログなどでも涼宮ハルヒの憂鬱を挙げている人も多いが、いやいや過大評価でしょ。という声も多い。
だがしかし、今思い起こすとハルヒ、色々と影響あったよねって思うわけ。
●涼宮ハルヒの憂鬱のどこらへんが影響を与えてたか
涼宮ハルヒの憂鬱のアニメ、これがどれよりも面白いとか、ここが良いとかそういう話ではなく、色々と2016年現在のアニメの状況や文化的な影響を与えた点でざっと思いついたのは以下のとおり
・ラノベアニメ化の活発化
・インターネット二次創作の活発化
・踊ってみた
・キャラソン
・クオリティ主義
■ラノベアニメ化の活発化
もちろん、それまでにもラノベをアニメ化したものはあったし、ハルヒ以上にヒットしたラノベアニメもあるんだろうけど、このアニメをある種の転機にぐんと伸びていたと感じる。後述するが主にネット上で。
■インターネット二次創作の活発化
ハルヒのアニメを放送していた2006年は、ツイッターはなかった。主に個人サイトやブログ、ミクシィなどで二次創作絵を書いていたひとたちはどちらかというと個人サイトを立ち上げてやってたひとが多かったかな。あ、pixivもまだなかった。
そんな個人サイトのハルヒ絵の二次創作は、色々と個人サイトめぐっているとやたら見るし、新作ハルヒの二次創作やパロディ絵などをよくまとめて見ていたのを覚えているし、何かインターネットのそういった何かを好きなのが無意識的に好きな作品でまとまっているのを感じたのもハルヒのアニメだった。
■踊ってみた
踊ってみた、爆発的に流行ったのはまちがいなくハレハレ愉快ですね。
■キャラソン
これも以前からあるけど、キャラごとにキャラソンというものそれぞれリリースするのをここまで定着させたのはあるんじゃないかな。踊ってみた、キャラソン文化これらを初めて認識したのは間違いなくハルヒのアニメだった。
■クオリティ主義
京都アニメーションの脅威の技術力というのもこの作品を知らしめる一因ではあった。というか、このシーンの作画がすごいって話題をここまでしているのを初めて目にしたのもハルヒだった。また、DVDが発売されるたびに本放送でも高い完成度だったところをさらに妥協しないで仕上げてくる比較画像も盛り上がった。
アニメの作画クオリティで盛り上がる文化をさらに押し上げた感はあるし、昨今のアニメーター不足というのに陥る状況に遠因ではあるが無関係ではないような気もする。
★涼宮ハルヒの憂鬱が重要な作品になれたのはじつのことろ
涼宮ハルヒの憂鬱のアニメがここまでのアニメになれたのは実のところ、youtubeが大きかったのではないかということ。深夜アニメでしかも全国放送ではないけど、みんな見れてたしネットでここまでもりあがってたのはyoutubeでゴニョゴニョして見てたでしょ。ということ。
それまでも、ドラゴンボールやエヴェアンゲリオンをゴニョゴニョしてる人いた。そういった中で、新作でゴニョゴニョしてリードする作品だったのではないかと。
まだ動画サイトの著作権が甘い中で、しっかりした原作で妥協なきクオリティを投入できたハルヒが伝説になれただけということもいえる。
★影響を与えるとは
このように、何が当たるかというのはまったく読めないもので、しかしながら、この時に仕掛けるぞというタイミングで全力投入できたアニメというものはハルヒのようになれるというのだろう。だから、日夜当たるように頑張って作ったりしてるわけで。
しかし、真の意味で影響を与えるということは、その作品を見て育った若い才能が新たな表現をして人々の感情を動かすことであると自分は考えるし、人類の表現はそういった積み重ねなんじゃないかなって思う。