読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

cafe dé nanntoka

1に酒、2に音楽、3にアニメ、3、4がなくてあと余談

頭のいい人の考えたモノだもん。(グラブル、ソシャゲ、射幸心、etc)

大手スマートフォンソーシャルゲームグランブルーファンタジーがガチャ300回引いたら必ず欲しいキャラクターをもらえるというシステムを導入、実質アイテムを手に入れるための上限が設けられた形だ。

Cygames、「グラブル」ガチャに実質的上限 9万円相当で必ず好きなキャラ - ITmedia ニュース
通常、景品にあたるものをお金を支払い手に入れる仕組みは射幸心を煽るとされ、規制を受ける。

射幸心を実証する実験の話を誰かから聞いたのを思い出す。猿にスイッチを押させて食べ物が出る仕組みを作ると、押すと必ず食べ物が出る仕組みよりも、押すと食べ物が出るときと出ないときがある仕組みの場合では、前者は必要な分の食べ物が出るならばスイッチを押さなくなるのに対し、後者は空腹が満たされてもスイッチを押し続けるそうだ。

 

出るときと出ないときとあるから、のめりこんでしまうものなのだ。

そこで、9万円を突っ込めば必ず出るとなったとき、みんなやるのかやらないのか気になるところだ。

多分やるんじゃないかな。

 

「9万かかるところを100回目で引いたわwwww」みたいなこともありそうだし。

 

でもやはり上限なしにひたすら引かせる方が射幸心を煽るわけだから9万円ときいてえげつないとか、露骨に金集め始めたなどという人も多いが形としては自制してるね。

 

ところで、このソシャゲというものはゲーム制作者たちはいかにしてユーザーを釘付けにして金銭を使わせることができるかということを念頭において作っていると考えられる。

商売だもん。仕方ない。かつてのゲームを作ってるひとたちとは違う。

 

で、やはりこういう人たちが作るものは頭のいい人たちがやってるだけあってよくできてるなということがわかるセミナーの話題を目にした。

もちろんゲーム性ではなく仕組みがよくできてるということ。

 

射幸心とは何かを得られるかもしれないという目的物あってこそではあるが、それはパチンコの景品もしくは換金できる金銭である。それにあたるものはソシャゲでは何か?アイテムかキャラクターか?

否、承認欲求である。

ソーシャルゲームにおいてはこのソーシャルという意味、社会と訳されることもあるが近所づきあいといったようなニュアンスがあるともいえる。強力なアイテムやキャラクターを手に入れることによって、そのゲーム内のソーシャルの中で承認されたような感覚を得ることになる。

承認欲求を満たせば、より高次の欲求である自己実現に向かっていくゲームでよりハイスコアを目指すという仕組みもあるといえる。

パチンコなどは何かを景品で得ることはあってもそれは承認欲求よりも常に低次の欲求にとどまる。

ソシャゲの課金額がなかなか半端ではないのはこういった仕組みがあるからだといえる。そしてこの巧妙かつなかなかなるほどなと言わせるようなセミナーが行われ、頭のいい人たちによって、ゲーム性ではなく”仕組み”が練られていくのである。

ソシャゲなんかよりももっと認められることを見つけろなんて偉そうに言うつもりもないけど、なにか頭のいい金持ちたちに踊らされて金突っ込んでも悔しくない?って思ったりしたのでしたとさ。

 

あ、ちなみに俺は金突っ込んでないから~とか言ってる人もそういった課金ユーザーに及ばない力しか得られない無課金ユーザーや低額課金ユーザーもゲーム内の母数を増やすことで多少彼らの承認欲求の沼を深めてあげてるともいえるよ。